第8番「小満」

第8番「小満」

二十四節気 第8番目【小満 】(しょうまん)



あらゆる生命が満ちていく頃。
太陽の光を浴び、万物がすくすく成長していく季節です。

ようやく暑さも加わり、麦の穂が育ち、山野の草木が実をつけ始め、紅花が盛んに咲き乱れます。

本格的な夏へと近づきます。

あらゆる生命が満ちていく頃。
太陽の光を浴び、万物がすくすく成長していく季節です。

今回は七十二候(しちじゅうにこう)を中心にご紹介いたします。

 

七十二候(しちじゅうにこう)とは?

七十二候とは、さらにその二十四節気の各一気(約15日)を約5日ごとに初候、二候、三候と3等分し、1年を七十二に分けたものをいいます。

 

【二十四節気】は、季節の訪れを一歩先んじて察知することができ、農耕作業をすすめるためには今も欠かすことのできない暦。

【七十二候】は、それぞれの季節時点に応じた自然現象や動植物の行動を短い言葉で表現し、季節を5日と短く区切ることで季節の移ろいをより細やかに感じることができます。

 

 



第22候  初候【蚕起食桑】

(かいこおきてくわをはむ)

 

蚕が食べる桑の葉がたくさん茂る頃。
古来より、蚕が紡いだ繭が美しい絹となり、人々の暮らしを支えていました。

 

 
 
シルク素材は、最も古い繊維といわれているのをご存知でしょうか。
 
シルクの歴史はとても長く、昔はとても貴重であったため金と同じ価値があったといわれています。
養蚕が始まったのは5000年ほど前の中国。シルクを養蚕する技術は、中国で発達していましたが国外に持ち出すことが禁じられていました。
絹の織物が中国から他国へ伝わった際に、シルクの魅力に引かれたさまざまな国の商人は、度重なる困難に立ち向かいながら中国へ交易に行ったと伝えられています。そうして貿易に使われた道こそ絹の道と呼ばれる「シルクロード」です。

日本へは弥生時代に中国大陸から伝わったとされ、奈良時代には全国的に養蚕が行われていました。ただ、日本国全域での需要を満たすには至らず、また品質的にも劣っていたため、長い間、中国の輸入に頼っていた。しかし、江戸幕府が養蚕を推奨。殖産事業として興隆を促進し、幕末期には画期的養蚕技術の開発・発明がされました。(日本が鎖国から開国に転じたのはこの時期であり、生糸は主要な輸出品となりました。)
 
 
 
明治時代には隆盛期を迎え、良質の生糸を大量に輸出。明治42年に世界一の生糸輸出国となりました。養蚕業は日本の外貨獲得産業として重視され、日本の近代化の礎を築きます。
そうした製糸工場や歴史を語る上でよく紹介される「ああ野麦峠」という
、近代日本の民衆史を照らし出したノンフィクション映画があります。
映画では、現金収入の乏しい飛騨の村々の10代前半の少女たちが峠を越え、諏訪の製糸工場へ女工として労働する姿が描かれています。
工場での労働は朝4時半頃から夜10時頃までという働きづめという大変過酷なもので、劣悪な労働環境や労働条件など、生糸が支えた文明開化と同時に労働運動のルーツがみえる名作です。
映画の題名にもなっている「野麦峠」は、岐阜県高山市と長野県松本市の県境に位置し日本最高所の水準点がおかれ、北に乗鞍岳、南に御嶽山が望まれ景観が素晴らしい峠になります。しかし、同映画内で描かれるように、年に一度故郷へ帰ることを許される年の暮れは、雪の降り積もる険しい道中で吹雪や雪崩に見舞われ、郷里の親に会うことも出来ず死んでいった娘たちも数多いと言われています。
日本に多大な貢献をした生糸産業は、地方によっては現代でも「お蚕さま」、「おしらさま(御白様)」 、「おぼこさま」、「ひめこ(姫子)」など呼ばれ、農家にとって貴重な現金収入減となり神格化された名が残ります。
(日本の東北地方で信仰されている家の神「おしらさま」というものがあり、一般には蚕の神、農業の神、馬の神とされています。)

 


第23候 次候【紅花栄】(べにばなさかう)

 

自然が生き生きと成長し、恵みの雨の季節を迎えようとする頃がひときわ色鮮やかなベニバナが咲き誇る頃。
山吹色の花をつけ、夏が深まるにつれ紅色へと変化していきます。
  

 



ベニバナは古くから染料や食品などにさまざまな用途に利用されてきました。
化粧品の口紅や頬紅として。食品油や漢方などでも有名です。
ベニバナの花言葉は「特別な人」、「包容力」、「愛する力」や、「化粧」、「装い」という意味を持ちます。

また、布の染料としても多く使用されており、黄色~ピンク、そして紅色。
それぞれ、色素の抽出方法が異なり、温度や時間、調合などを工夫してできる天然染料---草木染め。
とても奥が深く、自然のぬくもりを感じることのできる身近な趣味としても楽しむことができます。

 

 



第24候 末候【麦秋至】(むぎのときいたる)


麦畑は一面美しい黄金色に染まり、まもなく収穫を迎える頃。

 

 

麦畑の黄金色を想像すると、「麦秋(ばくしゅう)」という言葉(文字)のまま、まるで景色は秋をイメージしてしまいますが、初冬に撒かれた苗が百穀が成熟し、麦にとっての「秋」に至ります。「麦秋」は初夏の季語であり、梅雨時期の晴れ間に行われます。

食品や日用品など、様々な用途に使われる麦。
食べ物としての麦は身体を冷やす効果もあるので、麦茶やビールこれからの季節にはぴったりですね。

基本的に夏にとれる食品(野菜)の多くは身体を冷やす作用を持つ食材が多いので、やはり旬のものを食すことで季節を楽しみ、身体を作ることに通じます。
また、季節に限らず、成長が早いものや地上で育つものは基本的に体を冷やしやすいとも言われています。ですから、寒くなると根菜類など地中で育つ食材を多くとるようになるなど生活の知恵は、私たちの生活に根付いていると考えられます。

 

 

七十二候は、私たちの文化や生活の中で、より身近に天候や生きものたちの変化を生き生きと知らせてくれます。人の営みや歴史の礎を気付かせてくれる切っ掛けにもなります。

 

次回の二十四節気は、

第9番「芒種(ぼうしゅ)」を迎えます。

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